2003年11月15日(土)
手術当日。手術をすると風呂に入れなくなるので、朝シャワーを浴びてから新宿に向かった。
13時半からといってもすぐ手術と言うわけではない。再度視力検査と診察を行い、問題が無いことを確認してから手術となる。視力検査と問診の間付き添いの嫁さんは待合室で待っていた。書き忘れていたが、術後はまだはっきり見えない状態となるので帰途には付き添いが必要である。また手術の様子はモニタで見ることが出来るとHPに書いてあった。嫁さんが同行した目的はその2つである。
診察担当は堀川医師だった。目の状態には特に問題ないとのことで、予定通り手術することになった。
手術の前に、この日の担当LASIK PILOTから術後の説明を受けた。
内服薬はセフゾンとボルタレンの2種類。セフゾンは抗生物質で、毎食後服用し5日間続けること。15錠が無くなったら終わり。ボルタレンは鎮痛剤で、痛みに応じて使用する。ただし強力な薬なので、8時間以上間隔をあけ空腹時を避けて使用すること。2錠のみ処方される。
点眼薬はクラビット、DMゾロン、ヒアレインミニの3種類。クラビットは細菌を殺し感染症を防ぐ抗生物質。DMゾロンは炎症を抑えるステロイド外用薬。ヒアレインミニは目の表面を保護し傷が治るのを助ける。また乾き目を防ぐ効果もある。防腐剤が入っていない使い捨てタイプである。ヒアルロン酸ナトリウムという成分を含んでいる。クラビットとDMゾロンは1日5回を1週間続けること。ヒアレインミニは30分から1時間に1回、次の検査で医師より指示があるまで続けること。また目の渇きを感じたら随時使用しても構わないとのこと。開封の際切り取ったキャップの破片が残っている可能性があるので、最初の1、2滴は捨てること。3種類を続けて使用する場合は、クラビット、DMゾロン、ヒアレインミニの順に最低5分以上間隔をあけて使用すること。そうでないとお互いの効果を薄めてしまうらしい。
次に保護用メガネを無色透明タイプとサングラスタイプの2種類から選択した。どちらも形状はゴーグルのような感じで横からの埃の侵入も防ぐようになっている。花粉症対策用のメガネのような感じだ。私は怪しさ満点の真っ黒なサングラスタイプは遠慮して、無色透明タイプを選択したが、ごく稀にサングラスタイプを選択する奇特な人もいるらしい。
ひと通りの説明後契約書にサインをするのだが、この契約書がちょっと曲者で、これまでの説明に無かったことがいくつか書いてあるのだ。「術中、術後に何が起きてもクリニックは責任を負わない。」などというのもさることながら、もっと気になったのはIntra LASIKに関することで、Intraの場合、術後の合併症や感染症の種類が多いようなのだ。もちろん総合的にはIntraの方が安全なはずだが、知らない人がこの契約書だけを見たら、Intraの方のがリスクが高いのかと思うだろう。もう一つ気になったのは、この契約書は視力矯正手術共通のフォーマットらしく、(LASIK、LASEK、PRK、Intra-LASIK)と印刷されている中から該当する手術に丸を付けるようになっているのだが、IntraではなくLASIKに丸が付いていたのである。LASIK PILOTに、「Intraを受けることになってるはずなんですけど・・・。」と訊くと、「失礼しました。」とその場でLASIKの丸にピピッと取り消し線を入れ、Intra-LASIKに丸を付けた。別の紙用意してよ、と心の中でつぶやきつつ、日付、住所、氏名を記入し捺印した。そうそう、カウンセリングの時にはハンコが必要とも聞いていなかった。初日の検査のとき、他の人が契約書に捺印しているのを偶然見たので念のため持ってきただけだったのだが、やはり必要だったとは・・・。手術直前で不安を煽るのはやめてほしい。あと、備考欄に「術後視力1.0以上の確率90%程度」と手書きしてあった。近視度数によって術後1.0以上出る確率が決まるので手書きも理解できるが、いかんせん汚い字である。
クレジットカード一括で税込50万4千円を支払い、領収証をもらった。領収者が「藍眼科クリニック」となっていることに気づいた(後から確認したことだが、術前検査費用の領収証もそうなっていた)。手術前だったので質問する気にならなかったが、今度聞いてみよう。
すぐ手術に取り掛かれるとのことで、連れていかれそうになったので、LASIK PILOTに「付き添いがいるんですけど、手術を見学できるんですよね?」と訊くと、「あ、Intraは部屋の移動があるので見学できないんですよ、すみません。」と言われてしまった。確かにIntraではフラップ作成とエキシマレーザー照射を行なう部屋が別室で歩いての移動がある、との説明は受けていたが、カナクリのHPには手術は見学できるとだけ書いてあったので、改めて確認しなかったのだ。では嫁さんは何のために今まで待合室で待っていたのか・・・。カナクリさん、HPに「Intraは見学不可」とちゃんと書いておいてください(2003年11月現在)。仕方ないので嫁さんには終了予定時間まで新宿でショッピングして時間をつぶしてもらうことにし、手術の準備に向かった。
更衣室に入ると、メガネは要らなくなるのでケースにしまうよう言われた。メガネ生活ともここでおさらばである(といっても術後しばらくは保護用メガネを付けるのだが)。そして紙製の帽子と手術着、シューズカバーを着せてもらい、準備室で待つよう言われ、一人取り残された。この時点で14時半頃だったろうか。
準備室には椅子が3つあったのでそのひとつに座った。先ほど説明された、術後使用する薬の説明用紙の他に、雑誌や血圧計が置いてあったが、なにせ裸眼なのでよく見えない。すぐ呼ばれると思ったので、少々緊張しながらじっと待った。鼓動が速くなっているのを感じていた。しかし、看護婦が入ってきたのはそれから30分近く経ってからだった。あんまり待たされたので鼓動も落ち着いていたのだが、もしかしてそういう作戦?
看護婦が私の名前がカタカナで書かれたビニールテープを手にし、「○○さんですね?」と確認し、手術着の胸に貼り付けた。患者取り違えによる事件が度々話題になるので、こういった確認は重要である。
準備室から出ると通路になっていて、向かい側に手術室がいくつかあるようだった。しつこいようだが裸眼のため、よく見えないのである。
誘導されて入ったフラップ作成室には思ったよりたくさんの人がいた。7、8人いたように思う。最先端のコンピュータ制御の機械を使用するのだからこんなに人は必要ないんじゃないか?とも思ったが、もしかしたら何人かは研修だったのかもしれない。Intraはまだ症例が少ないから。
リクライニングシートタイプの手術台に座るよう言われたが、フラットになっており座れる状態ではなく、結局リクライニングを起こすのを待ってから座った。なんか段取り悪いんですけど、不安にさせないでってば。Intraやる人少ないのかな?
手術台に座ると「これを抱いていてください。」と左脇にキティちゃん、右脇にボムボムプリンの枕を挟まされた。うわさには聞いていたがホントだった。体全体に厚手のシートをかぶせられ、頭の部分は空気枕のようなもので固定された。フラップ作成時に頭の位置がずれないように慎重に調整しているようだった。
点眼麻酔を2回ほど両目に浴びせられ、レーザー装置(INTRALASE FS LASERというらしい)との位置関係を確認しつつシートの高さなどを調整。まず右目からということで、上下のまつげが邪魔にならないようにテープで固定し、開瞼器をあてられ、顔に右目の部分だけ丸く開いた布をかぶせられ、左目の視界は無くなった。なお、裸眼で良く見えないのに加え麻酔も効き始めており(目だけだが)、この辺からは記憶があいまいである。
右目に筒状の器具をあてられ右目の視界も無くなった。執刀医らしき女性の声(高橋医師?)で「見えにくくなりますよ。」と言われたので「すでに何も見えないんですけど。」と答えると、「それで大丈夫です。」と言われた。なんだか会話が変である。レーザー装置の照射部分がおりてきて(多分)、右目にあてた筒状のものと一致した。ずれないようにかなりの力で押さえられたのだが、これが予想外に痛い。もちろん麻酔が効いているので目自体は痛くないが、照射部分に押さえつけられた筒状の器具が目の周りの骨に食い込むような感じになって痛い。ちょっと強く押さえすぎなんじゃないの? もうちょっで痛みを訴えるところだった。その後はよく覚えていないが痛みに耐えている間に終わった。同様に左目のフラップ作成となった。やはり押さえつけられたとき結構痛かったが、右目の時ほどではない気がしたので我慢した。そして左目のフラップ作成も終了。ここまでトータル20分くらいだったろうか。男性(北澤医師?)の声で「きれいにフラップ出来てますよ。」と言われ、少し安心した。痛みに耐えた甲斐があった。
「聞いてると思いますが、ここから別の部屋に歩いて移動してもらいます。見えにくいと思いますが看護婦が誘導するので心配しないでください。」と言われたが、フラップ作成前でも裸眼ではほとんど見えないので実際には大差ないように感じた。それにエキシマレーザー室はフラップ作成室のすぐとなりで、歩くと言っても10歩程度だった。エキシマレーザー室にも結構人がいるようだった。フラップ作成室にいた人たちが移動してきたのだろう。ここでの執刀医も女性だったが、先ほどと同じ人かどうかは分からない。ここの手術台はリクライニングタイプではないようだが、穴か凹みがあって、そこに頭をはめて固定するようだ。楽な姿勢をとるためか、ひざの下にクッションが入れられた。フラップ作成時同様、体に厚手のシートをかぶせられ、上下のまつげをテープで止め、開瞼器で固定されたが、さほどきつくはなかった。視界にぼんやり大きく赤い光が見え、その中に点のように緑の光の点滅が見えた。その緑の点滅を見つめているように言われ、エキシマレーザー照射の作業が開始された。途中緑の光を見失ったが、勘で同じ場所を見つめるようにしていた。「その調子です、いいですよ。」と言われたので、視点はずれていなかったのだろう。もっとも「動かさないで!」と言われたらかえって動揺してしまうが。レーザー照射前にフラップをめくるのだが、麻酔が効いているはずの右目に触られる感触と共に若干痛みを感じた。麻酔の効きが弱かったのかもしれないが、もしかしたらこれくらいが普通なのかもしれない。とりあえずなんとか耐えられない痛みではないので我慢した。レーザー照射中、「今半分終わりました。」などと声をかけられた。30秒程度だったろうか、なんとかレーザー照射も終わり、2分間上を見たまま待つよう言われた。フラップが馴染むのを待つ時間らしい。今度は左目だ。そこで気がついた。左目は触れられる感触がないのだ。やはり右目は麻酔の効きが弱すぎたのだと知った。全く痛みを感じることも無く、左目のレーザー照射は終了した。
手術台から降ろされ、すぐそばにある検査機器の前に座るよう言われた。視界が白くぼやけているが、術前の裸眼より見えている感じはした。部屋が暗くされ、男性医師(北澤医師?)が顕微鏡で目の状態を確認しているときに、「右目が結構痛かったです。」と言ったのだが、相手にされていないようだった。女性医師(執刀医?)も同じ機器で目の状態を確認した。次にすぐ横の、オートレフラクトメーターを覗いたのだが、右目は気球が大体見えたりしたのだが、左目は全く焦点が合うことがなかった。どっちも全く見えないのなら気にしなかったのだが、なまじ右目がそこそこ見えたので不安に駆られた。後から考えると、右目はすでに麻酔が切れかかっていたからだったのかもしれない。手術の所要時間は1時間程度だったろうか。予想より長くかかった(というか手間取った)気がする。
看護婦に連れられ、通路に出て準備室とは違う方向へ向かった。扉が開くとLASIK PILOTが待っていた。薄暗いラウンジのような部屋がパーティションでいくつかに仕切られていた。その内のひとつに案内され、手術着を脱がされ、リクライニングチェアーでしばらく安静にしているよう言われた。何か飲みますか?と聞かれたので、リンゴジュースを持ってきてもらった。それにしても右目が痛い。時間が経つにつれ、左目も麻酔が切れてきたらしく、だんだん痛くなってきた。この痛みを例えるなら、瞬きをずっと我慢して、目が乾いてきたときのヒリヒリ感と、コンタクトをしていてゴミが入ったときの痛みが合わさったような感じた。さらにしばらくすると左目の麻酔も完全に切れたらしく、痛みに反応して両目から涙があふれてきた。眠って休むつもりでいたが、それどころではなかった。40分ほどしてLASIK PILOTが様子をうかがいに来たが、とても痛みが治まったと言える状態ではなかったので、もうしばらく休ませてもらうことにした。さらに20分ほどしても痛みは変わらなかったが、「がんばって検査しましょう」と言われ、我慢してLASIK PILOTに連れられて更衣室に戻った。すでに嫁さんと約束した時間はとっくに過ぎていた。準備室での待ち時間と術後の休憩時間が長かったせいだろう。それに待合室で休憩すると思っていたことも誤算だった。
更衣室で荷物を取り、見えにくい目で着信履歴を見ると、やはり何回か嫁さんから着信があった。電話してみると待合室にいるらしい。こちらが診察室前にいることを伝えるとやって来た。
LASIK PILOTから術後セット(点眼薬、内服薬、保護用メガネ、保護用カバー、契約書の写し、術後の注意事項などが入っている)を渡された。このときもどうにも涙が止まらず、しきりに流れる涙をハンカチで吸い取った。花粉症の人は分かると思うが、涙がたくさん出ると鼻水もたくさん出る。クリニック内にはそこここにボックスティシューが置いてあるので良いのだが、帰途で鼻をかむのに困るので、ハンカチ持参は当然として、術後セットにポケットティシューを加えるべきだと思った。こんなに痛みを伴うケースは稀なのかもしれないが。
診察の前にORTによる視力検査があった。こんな状態で視力検査しても意味ないよ、と思いながらランドルト環を見た。ランドルト環の一番上は視力0.1なので、裸眼0.1未満だった手術前から比べれば、右も左も見えるようにはなっていたわけだが、なにせ目を開けているのがつらく、早々に検査は終了した。ORTからはどれだけ見えたか言われなかったが、こちらからも訊かなかった。多分0.5前後だったろう。左目は手術直後よりは見えるようにはなっていたが、右目よりは見えない感じだった。
その後、高橋医師による検査だった。改めて目の状態を確認し、問題ないといわれた。ここでも「結構痛かったです。」と言ったのだが、気にしていないようだった。痛みは自分しか分からないから、診て異常が無ければ問題としないのだろうか。高橋医師にヒアレインミニ(多分)を点してもらい、この日は終了となった。
保護用メガネを装着し、ビルを出ていつものとおり新宿駅まで歩くのだが、ビル風かは分からないが、とにかく風が強く、目の痛みに加担している気がして妙に腹が立った。小田急デパートの前まで来て、どうにも痛みに耐えられず、ボルタレンという鎮痛薬を飲んだ。これは次に飲むまでに8時間以上あけるよう説明されたので、よほど強い薬なのだろう。2回分しか処方されていない。ところで実は駅に着く頃には結構見えるようになっていた。痛みさえなければ裸眼でも一人で歩けそうな状態だ。嫁さんも実は目が悪く、0.5見えないくらいにもかかわらず普段の生活ではメガネをかけていない。この日もメガネを持ってこなかった。頼りない付き添いである。とはいえ、痛みに耐えながら一人心細く帰宅することに比べれば雲泥の差である。手術には極力誰かに付き添ってもらうべきである。
家についても傷みともかゆみともいえる異物感はなくならず、仮眠をとった。熟睡は出来なかったが3時間ほど眠った。嫁さんが用意しておいてくれた晩飯を食べ、セフゾンを飲んだ後、早々に床に就くことにした。就寝時用の保護カバーはアルミ製のお玉のような皿に無数の穴が開いており、これを専用の使い捨て粘着テープで顔に固定する代物なのだが、私は頬骨が出ているせいか結構隙間が出来る。また、粘着テープで肌荒れしそうである。幸い私は寝相がいいので、就寝時も保護用メガネを付けることにした。この方が具合がいい。